杏奈の「病気とは」
江藤様
退院おめでとうございます。
血糖も落ち着き、あわただしく退院されていきました。江藤さんが日ごろから血糖コントロールの自己管理ができていることを確認するためだけの入院でした。血糖値スマートウオッチは江藤さんの腎臓も優しく見守ってくれている感じですね。
江藤さんから2通目の手紙をもらうこともありませんでしたので、江藤さんに私のモヤモヤを聴いてもらおうと手紙を書くことにしました。今までの私なら、江藤さんが退院の間際に私あてに手紙を残してくれなかったので「嫌われているのかな」「余計な質問をしてしまったのかな」とあれこれ考えて手紙を書くのをやめていたと思います。でも、そんな自分が意気地なしだと気づいたので、とりあえず行動しようと思っています。
江藤さんの「くだらない人生」「絵にかいたような転落人生」が気になっています。「娘ほど若い君には希望があるが、60歳を過ぎた僕には・・・」というような言葉を返されそうなのですが、私は自分の気持ちを無視することはやめようと決めています。
今から書くことが、江藤さんにとって「大きなお世話」な話であれば、読むのをやめてください。少し読んでもいいかなと思ってもらえるようなら、娘からのお父さんにむけて書いた手紙みたいな感じでお読みください。
私は、江藤さんが、病気になって会社を辞めて、慣れないお仕事をされて、奥様と離婚されて、10年以上お一人で過ごされ、何を心の拠り所にされて、血糖コントロールをここまで頑張ってされてきたのかと思ったのです。
歯周病という合併症はあったけれども、腎臓の機能も心配な数値と言われながら維持してきました。今回の入院でそれも証明されました。かなり病気に対して関心をもち、いろいろと学ばれて、生活の中に取り入れてこられたのではないかと推測します。お買い物をするときも、商品を取りながら栄養バランスを優先されて、カゴに入れている様子が目に浮かびます。
私は、まだまだ経験の浅い看護師です。でも、病気をきっかけに人生が好転したという人に何人もお会いしました。その時はそう思わなくても、「後々思い返せばあの病気のおかげで・・・」と表現される方も何人もお会いするのです。
江藤さんにも「そうなってもらいたい」なんて思ってはいません。
江藤さんの「病気」も江藤さんの一部ですから、そんなに嫌いにならないであげて・・・・と思います。
今日の手紙は、長くなりそうなのでこの辺にします。
退院してからも手紙が来るのかと思ったでしょう(笑)「一人ぼっちにしない社会を創る」というのもうちの病院の理念なんです。退院してからもつながっています。血糖値スマートウオッチのデータもこちらから見守っていますね!
新堂
杏奈の手紙は、手紙を書き終えるとさらっと一読して封に入れた。誤字も雑事もあるかもしれない。敬語も丁寧語も書けていないかもしれない。でも、そんなことがこの手紙のやりとりの本質ではないことを分かっている。感情的な手紙になっているかもしれない。しかし、一晩おいて江藤のもとに届くよりも、退院して一人暮らしの一室で「暇」という時間とともに押し寄せてくる不安の渦に一石を投じることの方が優先したいことだった。それは、何の影響力も持たない小さい石かもしれない。それでも波紋ができるだろう。そう願うことしか杏奈にはできなかった。
続く・・・・
これはフィクションです。実在の人物や団体などとは実在しません。