杏奈から江藤へ

杏奈は、学生時代に「傾聴のスキル」を学んだことはある。しかし、「手紙の書き方」を学んだ記憶はない。

患者との手紙のやりとりを始めた頃は、「前略」なのか「拝啓」なのか悩んだ。しかしダイレクトメッセージを書くくらいの気持ちで書こうと決めて書いている。

悩んだ挙句、なにも書かなかったという状態こそ最も避けたい結果だからだ。

江藤様

お手紙ありがとうございました。江藤さんに自己紹介をしてもらって、知らないことがたくさんありました。

江藤さんが病気をきっかけに、退職や離婚を経験され、ご自身のことを「くだらない人生」「絵にかいたような転落人生」と思ってらっしゃることをはじめて知りました。そんな思いもありながら今回の入院を決意されたこと、後々「よかった」と思ってもらえると嬉しいです。

江藤さんが自己紹介をしてくださったので、私も自己紹介をさせてください。

私は和歌山県出身です。和歌山といっても本当に不便な村で、大阪に出てくるのに3時間以上かかります。JRの「くろしお」に乗るまでが大変なんです。大阪から東京に行くより遠い村です。年に1回、2回帰省するだけです。すごくきれいな村なんですけど、とにかく不便なんです。そのうち「ポツンと一軒家」の取材が来るんじゃないかと村の人たちは言っていますが、微妙に「ポツン」はないんですよ。残念ながら・・・。

私は大阪の大学を卒業してから、ずっとこの病院で働いています。江藤さんの娘さんよりも少し若い28歳です。結婚はしていません。私の父は江藤さんと同じ62歳です。ずっと林業をしています。父は猟銃免許も持っているので父はいつも山の中にいます。母は、私が高校の時に膵臓癌で亡くなりました。

私の自己紹介はこれくらいです。

私から江藤さんに質問したいことがあります!

江藤さんは、ご自分で食事をつくっているのですか?

得意な料理とかあれば教えてくださいね。私は料理が苦手なんです。というよりも料理はしたくないんですよ。片づけるのが面倒なのです。ほとんどコンビニのお惣菜を食べています。よく行くコンビニのアルバイト生を名前で言えるくらいです(笑)

またお手紙下さいね。

新堂

 

杏奈の手紙は長めの手書き版ダイレクトメッセージだった。そのうえ、自分のことばかり言っている感じも漂っている内科病棟では栄養指導をすることもしばしばあるにもかかわらず、コンビニのお惣菜ばかり食べていることを告白してよいものかも悩ましい。

しかし、看護部は「それでいいのだ」と思っている。人間とはどんな職種であれ人間なのだ。患者も同様に人間なのだ。双方のやりとりから生まれるものにトラブルやアクシデントがあったとしても、双方が人間として乗り越えていくために話し合うことが求められる。そこに肩書や職種、立場の強い、弱いは関係ないという考えのようだ。AIと共存していく時代においては、人間がより人間らしく「協働」していくことが求められるからだろう。

杏奈が手紙を書き終えたころ、巡回ロボットからメッセージがあった。「3030号室の徳永さんが3時ごろ目覚めて再入眠できていない」。杏奈が時計を見上げると3時45分だった。杏奈は3030号室に向かった。

続く・・・

これはフィクションです。実在の人物や団体などとは実在しません。

一話はこちら。https://kango-support.or.jp/8974