薬丸岳の小説『罪の境界』は、「罪」とは何か、「人としての一線」とはどこにあるのかを私たちに問いかけてきた。

26歳の明日香は、ある日突然、通り魔に襲われ重傷を負う。命を救ってくれたのは、たまたまその場に居合わせたひとりの中年の男性。彼は、最期の言葉「約束はまもった……伝えてほしい」を残して、その場で命を落とした。

明日香の平穏だった日常は、この事件を境に一変。体の傷とこころの傷、さらには失業、恋人との別れ、アルコール依存、家族関係の破綻など関係性の傷を負った。

救ってくれた男性の遺言。彼は一体誰だったのか、なぜスクランブル交差点でたまたま居合わせた自分を助けてくれたのか――その問いの先にあるものを明らかにするため、彼女は少しずつ前に進みはじる。時には、フラッシュバック、過換気症候群に苦しめられながら、それでも立ち上げろうとする。

 

登場する人物たちは、それぞれに生活の困難や心の闇を抱えている。とくに「母親」との関係性に課題がある。わが子に愛がないわけではない。しかし「愛」の表現が伝わらない。伝わらないの愛の形は、関係性の歪みとなっていく。

誰もが「普通」の暮らしから逸脱しない保証などなく、ほんのわずかなきっかけで、善と悪の境界線を越えてしまう。そのリアルな描写は、単なる犯人探しの枠を超え、現代社会が抱える「見えにくい罪」や「構造上の不平等」に切り込んでいる。

「これは誰の罪なのか?」「私に何ができるのか?」――読み終えた後、簡単には答えが出せない問いに重いため息さえでる。

とはいえ、悲劇から始まる物語でありながら、そこには希望と再生の兆しも描かれている。社会派ミステリーとしての重厚さと、人間ドラマとしての温かさが交差する、感動必至の一冊だ。