コロナの時代に、あらためて「価値」について考える

以前のブログで、「看護師の価値ってなんだ?」という記事を書きました。

コロナ禍の中で、変化に富んだ毎日を過ごしています。先が見えないな~と思って気分が沈むときもあります。「見えてなかったんですね、価値のことを・・・・」

私は、毎日、引きこもりの日々を過ごしています。しかし、ご飯を食べられなかったことは一度もありません。また、自分の意志で歩いて生きています。

私は、セミナーや研修の仕事が中止になって、外国人人材さんの話もいつ再開になるかわからないという時間を過ごしています。その側面だけに焦点をあてると悲惨です。看護師の資格を持っているのだから、人材の足りないと言っている病院や施設でアルバイトでもしたらどうか、と言われるんじゃないかという被害妄想に襲われます。笑笑

私は、あらためて「看護教育」をします。学生さんからリーダー看護師さんに至るまでの教育をします。「教育」と書いてしまうと従来の意味のまま伝わるかもしれません。でも、今こそ「教育」の変わるチャンスです。この時代に立ち会えたことに心が震えます。

これからの看護教育は集合教育ではない、与えられた課題をすることでもない、学習時間が多いことが称賛されるでもない・・・・点数や文字数など目安にすぎません。

ごくごく当たり前ですが、どうしたら人々はより健康になっていけるのか、また健康を回復していけるか、豊かに死んでいけるのか、そんなことを話し合える人、表現できる人、発信できる人、行動できる人、葛藤を乗り越えられる人を応援することが私の「教育」です。

具体的には、個別塾に来ている学生さんとシンプルに看護の楽しさを共有する時間を創ります。アフターコロナの時期が来てもオンライン授業を中心とした看護学生の講義をしていきます。ゲストスピーカーに当事者から国際規模にまで発展させていきます。看護師さん向けのセミナーを拡大していきます。看護師さんや看護管理者さんに、自由な表現の空間を創ります。知識を与えられるというよりも、自分らしく、堂々と、その判断が成長のプロセスだったと気づけるような、そんな教育空間にします。

こんな時代に看護師を志す人、看護師を辞めずに黙々と働く人、看護師を育てている人、新しい時代の看護教育にシフトしていけるように行動するのみです。今やらないと、いつまでたっても戦後の看護教育になってしまいます。

私は、多様な人々が育つ社会を創っていきます。

この自分の意志を大声で表明できるという「価値」を見逃さずに、今、ここにいることが何よりも感慨深いです。