将来のために生きないこと

私は、看護教育に特化して起業をすることに決めてから、あっという間に起業した。起業すること自体は、大変なことではなかった。

あまり語ってこなかったが、私が起業をしようと思ったのは、自分自身の特性に起因する。まず、協調性がない、落ち着きがない、集中力がない(ありすぎるときもある)、感情的になる、意固地になる、人の指示通りに動くことができない・・・など、数えきれないほどの欠点がある。欠点と言うのは、雇用する側からみて「使えないやつ」「めんどくさいやつ」である。毎日30分のウォーキングをしているがその時はごく平凡な中年の女性だと思っている。もし、私が私のことを承認することができたら、私は、これらの欠点をすべて認めることができることである。しかも、案外、気に入っている。というより、開き直っている。そうでもしない限り、生きていけない。

では、協調性がない、落ち着きがない、集中力がない(ありすぎるときもある)、感情的になる、意固地になる、人の指示通りに動くことができない人間が、起業してうまくいくか?という話だ。これが、やっぱりうまくいかないこともあった。

まず、茶髪にして、大ひんしゅくをかって仕事がなくなったことがあった。いくら起業しても、看護教育を相手にしているので茶髪はアカンと学んだ。と言うわけで、白髪も染めずにそのままにしている。法人をたたんだ後は茶髪にしようと決めている。私は、黒色の髪の毛が似合わない。

スケジュール管理や税理関係、提出書類関係、まあ、あきれるほどミスが多い。親切な人が多いので、「消費税が間違えていますよ」「足し算がおかしいですよ」「ハンコがないですよ」と教えてくれる。これについても、年間で請求書が発行できるようにするなど工夫ができるようになった。税理関係は、税理士さんに丸投げしている。あとこまごましたことは、法務局の人に司法書士さんの介入を勧められた。法務局には法人の届け出を2年に1回する必要がある。今年は2回目の届け出の年だったが微妙なミスのために3回も足しげく通った。法務局の人も気の毒そうに見ていた。みんな親切だ。確かに、看護師や看護教員をしていてかかわったことのない仕事は、私の場合、いまさら学びなおさず丸投げ作戦がよいようだ。

今もなお、感情的になったりすることはある。その時は謝る。ひたすら謝る。これからも謝る。

意固地になるときもある。その時は折れる。じゃあ、なんでもいいのか?と言われたら、まあ、なんでもいいような気がする。私は「何度でもやり直しができる」と言うことを大事にしているので、折れることは意図的にできる。

人の指示通りに動くことができないについては、歳を重ねるほどにひどくなってきている。くどいほど確認すること、または「こんな人」として取り扱ってもらうことでなんとか生活できている。チェックリストを作ったりできるが、そのチェックリストをなくす。見るのを忘れる。そして謝る。「こんな人」として認識してもらう。使えなければ捨てられる。

ただ、こんな特性が功を奏して、コロナ禍、窮屈ではあったが何とか乗り越えた感がある。フィリピンや中国の学校で仕事をするというビッグプロジェクトは儚くも散っていったが執着はしていない。みんな仲よくしよう!という真価を問う部分は残してあるので十分だ。

今年度は、3月までスケジュール管理ができた。税理士さんにもやっと褒められた。来年は、主人が定年を迎える。ライフイベントに応じて私も働き方をもっとシンプルにしていこうと思う。

私が、シンプルに生きたいと思うときは、シンプルに生きていないときである。こまごましたイベントが重なり、疲弊しているときに感じる。しかし、毎日変化に富んでいる日々を暮らしていくことができているのも私の特性だ。

楽しいこと、やりたいこともコロナ禍、あたため過ぎてやや旬を逃している気持ちになる。それは失敗だ。

将来のために生きるというよりも、コロナだろうが何だろうが、楽しいこと、やりたいことをやるということが大事だとわかった。これが起業して一番深く学んだことだ。とはいえ、茶髪にするのはもう少し先になりそうだ。そのうち似合わなくなる。人生はそういうものだ。