私にできること

私は、週末の夕方、地下鉄に乗っていた。私はスマホに目を落としていたが、どうも向かいの席の人がもめている様子だった。

高齢の女性と50歳代くらいの男性、おそらく親子だと思う。二人は似ていた。男性の方は、右側に麻痺があるようだ。左手にロフストランドクラッチを持っている。右足には短下肢装具を装着している。考えられる病気は、脳梗塞、脳内出血などの脳卒中、あるいは脳腫瘍の可能性もある。

どうやら、もめているのではなかった。高齢の母親が手伝おうとすると、「手伝うな!」と言っているようだ。言葉が少し出にくいためなのか、単語で「やめろ」とか「うるさい」とかと伝えるので、怒っているように聞こえたのだ。私は、またスマホに視線を落とした。

大きなお世話だが、息子さんは、まだ電車が止まっていないうちから立ち上がろうとする。危ない。どうしても、母親が手を出してしまうのも無理はない。双方観念したのか、母親は手を出さず、次の駅で降りるために立ち上がり荷物をもってドアの前に立った。息子さんは電車が完全に止まるまで座っていた。しかし、電車が止まったからと言ってすぐに立ち上がることができない。これは「私の出番だ」と思った。しかし、懸命に自分で立ち上がろうとしているので、ちょっと待ってみようかなと思案しているうちに、お母さんが先に降りてしまった。「危ない!」「頑張れ!」「どうしよう!」

どうにか息子さんが立ち上がることができて杖をつきながら、電車から降りようとした。ところが、非情にもドアの閉まるベルが鳴った。そして、彼はドアに挟まれてしまったのだ。

「あ~~~~~~!!」ドアはすぐに開いて、息子さんはホームに降りることができた。危険だった。親子ともども「危なかった!」と怒りを表現していた。確かに危ない。ホームによっては、隙間が広いところもある。ドアに挟まれ、すぐにドアが開いた瞬間に、片足や杖がずぼっと隙間に落ちることも考えられる。隙間に落ちた場合、程度の差こそあれ、何らかの怪我をすることが考えられる。精神的にも大きなダメージが残る。そして、間違いなく地下鉄のダイヤは乱れる。

怪我はなく歩き始めている姿を、動き始めた電車の窓から確認できた。よかったというべきかどうか・・・・やっぱり私は、手を出した方がよかったと思って後悔した。

電車に乗る場合は、左側に手すりのある座席を選ぶ。これは、席を譲る人も気にかけておいた方がいい。トンチンカンな場所を譲られるくらいなら、立っておいた方が安全な人もいる。この息子さんの場合は、揺れる電車の中を立っておくことはできない。大阪の地下鉄の乗客は、ロフストランドクラッチと短下肢装具が目に入れば、席を譲ってくれると思う。でも譲る場所が特定されているところまで理解していないかもしれない。理解できていない人が多い場合は、彼に「そこの席を譲ってもらえませんか」と言ってもらえるといいのかもしれないが、流暢に言葉が出てこないという後遺症を持っているケースもある。電車が止まってから立ち上がるまでの時間がかかる場合は、駅員さんにあらかじめ伝えておくという方法もある。ロフストランドクラッチと短下肢装具を付けて、公共交通機関を利用するには、まだまだ課題があると改めて思った。しかし、障害があっても公共交通機関を乗り続けていく選択をして欲しい。私たちが理解を深めていくためにも「ぜひ!」と思う。でも今日のような思いをすると、だんだんと電車を使いたくなくなるのだろうか。「ごめんなさい」と言う思いになった。

2019年に発表した内閣府の調査結果によれば、 40 歳~64 歳の「ひきこもり中高年者」 の推計は、約 61 万3,000人 。今はまだ問題が顕在化していなくても、親に万一のことがあれば多くの8050世帯が危機的状況に陥ってしまうというデータもある。いわゆる「8050問題」である。しかし、8050問題が社会問題になったのは、80歳代の親世代が、病気や認知症になった場合、就労していない50代の子どもと共倒れになってしまうケースがあるということだ。今回私が出会ったケースは、お母さんは今お元気で、息子さんが病気になったり、障害がある場合だ。あと何年この生活が続くかわからない。しかも、コロナ後の実態も知りたい。

孤立したり、ひきこもらせたりしているのは、当事者だけの問題ではない。私は、今度からちゃんと声をかけようと思った。年老いた母親には頼みづらくても、私になら手伝えることがある。