多少の脚色は許容してください
「迎えが来ていると思うのですが・・・」といってスタッフルームにたびたび来る。
施設に入所している80歳代の男性、Aさんは認知症である。看護学生が受け持つこととなった。何度も何度も同じことを繰り返し訊いてくる。ときには、眉間にしわを寄せて、本当に困惑し焦燥感をあらわにしている。
Aさんが学生に、にこやかに「困ったな~」というときは、Aさんの一番楽しかったころの話を教えてもらうことができるらしい。Aさんの楽しかったころは大学時代までさかのぼる。スポーツやアルバイトに打ち込んだそうだ。スタッフも知らなかった話だった。若い学生を見て、自分の学生時代がよみがえってきたのだろうか。
Aさんは、荷物を持って家に帰りたいとしきりと言うが、奥さんや子どもたちの話はしない。Aさんの50年間は、どこに行ってしまったのだろう。あまり語りたくないだけなのだろうか。
そして、私はこの先、何を忘れ、どんな記憶を定着させ続け、何を何度も想起して生きていくのか。
今でも私は、相当たくさんのことを忘れている。しかし、心に刻印づけられたことは覚えている。私が、毎日看護師日記を書くことは、もはや脳トレか。心に刻まれた出来事を大切に守っていくためなのか。守っていけるのか。そもそも守らないといけないのか。
少なくとも、私は看護師日記を書くことで、自分がどんな環境に生まれ、育ち、どんな患者さんや学生に出会い、またチームに出会い、今があることを再確認できつつある。たくさんの出会いや失敗や感動が今の自分をつくっている。
50歳代にして、前進しつつも、自分の歴史からも学んでみようと思う。
もし30年ほどのちに、私が、同じことばかり言っている老人になっていたら、多少の脚色は許容していただき、「2022年6月の話ですね」と言って、歴史上に存在したことを分かってほしい。
「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。