5月になったら思い出すこと

私が看護学生のとき。

5月の実習で受け持たせてもらった個室の患者さん。

患者さんは、3日間ほど便が出ていなかった。

病気の症状も苦しそうだったが、便が出ていないことは苦痛の2乗だった。

浣腸をすることになった。患者さんはベッドの上で排泄できないから、ポータブルトイレを準備してほしいと言った。

「大丈夫かな?」、転倒、転落、血圧の変動・・・心配ばかりが頭をよぎった。

 

指導看護師に相談した。

患者さんにベッド上で浣腸をしてから、二人で支えてポータブルトイレに座ってもらった。

座ることはできていた。顔色も悪くはなかった。

私は患者さんの肩を支えたまま「大丈夫ですか?」以外の声かけをしていなかった。

 

「あなたたち!二人がいると出るものも出ないわ!早く部屋から出ていってちょうだい!」

大声だった。患者さんにナースコールを持ってもらうと、指導看護師さんと二人で廊下に出た。

指導者さんから「ドアの前で待っててね。なにか、あったら呼んでね」と言われた。

やっぱり何か起こるかもしれないんだ・・・・。さらに緊張が高まった。

ドアの向こうで何か起こることを、私は気付くことができるだろうか。

ドアに耳をはりつかせて、中の様子を知りたかった。

私は、すでに何も起こらないことを想定できていなかった。

 

ナースコールがなると、すぐにドアを開けた。

患者さんは、ベッド柵にしっかりとつかまりながら「すっきりしたわ」とかすかに笑ってくれた。

指導者さんも来てくれて、また二人で患者さんを支えてベッドに横になってもらった。

仰向けになった患者さんのお腹は、ぺったんこになっていた。

 

なぜ、私は患者さんが一人でポータブルトイレに座ることができないと決めつけたのだろう。

なぜ、私は「何か起こるかもしれない」とおびえたのだろう。

なぜ、私は、患者さんの持てる力を見ていなかったのだろう。そして、生かそうともしていなかったのだろう。

それなのに、私は、自分の失敗とそれを咎められるかもしれない想像で、過剰に患者さんを守ろうとしていた。

「大丈夫ですか?」という言葉は、誰のための言葉だったのだろう。

悔しいほど苦い体験だった。

それは、患者さんの持てる力、闘病意欲、自尊心、なにもかも踏みにじる行為だったからだ。

 

5月が来れば思い出す。

「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。