ほめること、叱ること

叱ることは難しい?

教育担当の方は、ほめることより叱ることのほうが難しいとおっしゃいます。皆さん苦労されている様子です。

看護学生のレポートを読んでいても「言いたいことを言えない」というような内容を目にします。

「叱りたいことが言えない」「言いたいことが言えない」・・・・何と不自由なことでしょう。その欲求はどこに行ってしまうのでしょうか。

ひたすら貯める派、出すところを間違える派、爆発させる派・・・いろいろあります。数々の失敗をしてきた私だからこそ言えることがあります。ほめることも叱ることも「自分の意見を伝えること」です。相手は相手、自分は自分の大原則を踏まえたうえで、自分の意見を伝えることです。決して伝えるべきことではありません。「べき」は自分感覚です。

ただ、「しくじり先生素人版」代表として出演できるほどのしくじりを繰り返してきた私だからこそ言えることは、ほめるも叱るも「伝え方」は大事です~

まずは、私を含めて皆さん、「自分はどう見られているか?」、気になります。「認められているのか?」という関心もあります。人はみんな自分に興味と関心があります。だから、伝え方も「相手に関心を持っていること」を理解してもらえるように、「私の意見」を言うことです。

いきなり「アカン」「間違っている」と言ってしまうと(それが笑顔で優しく言ったとしても)、選択制になってしまうので、相手の思考を停止させてしまいます。ほめるにしても、叱るにしても相手を思考停止させてしまっては本質が伝わりません。

ある講義で「質問ないですか?」と言って、「質問です」と言って質問した人に「積極的でいいですね~」とほめたとき、その人は、質問する人になってしまいました。質問することはほめられることと学習したからです。質問することは決して悪くありません。でも、質問することが大事なのではないことも同時に伝えなければ、なんでもかんでも質問するのは、積極的を装った受け身です。

質問することが大事なのは、その質問をすることで、理解が促進する、ほかの人の理解も促進する、講義をしている人の説明力がアップするなど様々な「貢献」があります。そこを伝えないとほめたことになりません。逆に理解できていない、調べてもわからないような内容を質問しないことは、お互いの「損失」であることを伝えなければなりません。

となると、ほめるも叱るも「相手に関心を持ったうえで、自分の意見を言う」という伝え方であるといえます。