「育てる人」と「育つ人」

私は、仕事柄、病院や高校でお話をさせていただく機会があります。そこの管理者の方や先生方が、「うちは小さい病院なので・・・・」とか、「うちの高校は偏差値が低いので・・・・」と言われることがあります。「そんな謙遜いりませんよ~」。

私は、育てる人は、育つ人を「可能態」として見ることが大切だと思っています。ちなみに「可能態」とは、アリストテレスが述べた概念です。彼は、物事は可能的存在から現実的存在へと発展すると考えていました。たとえば、木の種子は木の可能的存在ですが、やがて、木の種子は現実化して木になるといったように認識しています。

話は戻りますが、そんな謙遜をしてくださる施設では、トイレに「きれいに使用しましょう」とか、「整理整頓」などの張り紙を見かけます。張り紙によって注意喚起して、トイレがきれいになったり、整理整頓できたりしたという結果が得られたのかが気になります。また、その方法で、結果が得られると思ったのかどうかも伺ってみたいです。

逆に、「うちの生徒(新人)たちは、のびのびしているってよく言われるんですよ。伸びしろがあるんです」と言われると、この先生(管理者)の枠をどんどん超えていく生徒(新人)の将来を想像することができます。

私は、どんな環境や状況であっても、育つ人を「可能態」としてとらえ、「大きくなれよ~」と言葉にしていきたいです。