看護学生の学内実習、指導者は「答え」を持たない。

学生の思考の発展性が推論力を鍛える?

学内実習が続いている看護学校も多いのではないでしょうか?誰も焦る必要はありません。きっと、面白い方法が生まれてくるはず~(^^♪そうなれば、看護学生の間に臨床実習に行く必要もなくなるかも!ニューノーマルになるかも!研修看護師制度ができるかも。いいとか悪いとかは置いといて。

教員や看護師さんが患者役になったりすることもあり、学内実習はとにかく人手がかかります。記録物も相変わらず多いかも。看護学生のYouTubeをみていると、「記録は大変」「記録は出せば点数になる」「記録の評価は先生によって違う」などと言っているのを見て、どこからでも情報収集できるものだと感心しきりです。

確かに記録は簡素化、電子カルテ化して、思考過程は言語化、図式化、映像化、数値化など、工夫が必要なのかもしれません。とにかく、マンネリ化と患者側(教員)に答えを握られているような感覚に学生が陥るのは避けたいです。

患者役をプロに任せたとしても、学内実習は常に教員の目があるので、正解か不正解かを教員の顔色を見て決めるというのは、なんぼ何でもアカンと思うんです。私は教員時代、もっともアカン教員だったので、それがどれだけアカンかよくわかるんです。ひたすら反省です。

そもそも、患者さんの主観的な思いや言動と、看護師の観察とエビデンスによって、判断される一連のプロセスを看護過程というのだから、何らかの途中で「正解」とか「不正解」とかないわ~!と思うんです。たとえ、場面を切り取ったとしても、学生の思考が発展するように工夫するとしたら、患者とのコミュニケーションをどれだけとれて、振り返ることができるかが大事だと思います。学生は、一人一人違う感性や物事のとらえ方をしているのでそれを面白がってほしいです。不確かなことは、確かなことにしたいけど、患者さんがいつも本音で言ってくれているとは限らないし、真実は誰もわかってないこともあるというのが前提であることが強化ポイントです。

この前、入院経験のある友達が「おなかが痛い」と看護師さんに言うと「そんなはずはないんですけど」と言われ、なかなか斬新な返答だと笑っていました。医者の診断名に腹痛の症状はなかったから、きっと「そんなはずはない」になってしまったんでしょうね。耳が痛かったです。

まずは、「聴く」「観る」「触る」ができたら、思考も回るはず。思考が回れば、推論も一つじゃないはず・・・・学内実習を楽しもう!