看護師の私の視点

現在、日本では「選択的夫婦別姓制度の導入」に関する議論が行われています。しかし、私たち看護師の視点から見ると、小児科、認知症の施設、精神科など、家族の判断が必要な場面では、夫婦が異なる姓を持つことでややこしくなるのでは?と思ってしまいました。

例えば選択的夫婦別姓制度の導入がされたとして、小児科での親子関係の確認が必要な場合(特に親権や里親制度、再婚の親など)や、認知症の方が施設に入所した際の重要な判断を家族にゆだねられる場合、さらには精神科などで患者の入退院をめぐって家族の同意を確認する際、夫婦が異なる姓を持っている、また親のどちらでもいい方の苗字を名乗っていることで確認作業が必要なこともあるのでは??とやたらと細かいことが気になってきました。

特に緊急時(身元不明で救急車に乗るような場面、災害時など)において迅速な対応が求められ、問題が生じないのかと単純に考えてしまいました。単身者世帯が30%を超える日本、とにかく例を挙げだしたらきりがないのです。

とはいえ、私のような素人が考えなくても「偉い人」が取りこぼしなく考えてくれていると思います。ただ、私のような素朴な疑問が私だけではないと思ったのでいろいろ書き記してみることにしました。この文章が政治家の人の目に触れると失笑されるかもしれません。でも、法律が変わったことを知らない政治家も総裁選に立候補しているくらいですから、私のような凡人が悪意なく、日記として書き記すのは誰も傷つけませんよね、という判断のもと書きます。

日本は今後、マイナンバーの整備や医療DXの進展によって、上記の課題を解決されていくのだと考えます。これにより、患者の家族関係の確認は、個人番号やIDを基に行うことができるため、姓の違いによる問題が軽減されるのでしょう!

さらに、医療DXの進歩により、患者の情報がより正確に管理され、必要な情報を迅速に収集できるようになります。医療現場での家族関係の確認が効率化され、オンラインで同意をとることもできるようになるかも。スマホのタッチパネルだと直筆のサインができるからハンコとかいらないし、指紋認証もできます。ただし、個人情報管理の取り扱いはすべての職員が善人であることが前提です。

デジタル系が苦手な人たちへのフォローアップは大事です。医療や福祉、教育の現場がフォローしてくれている人たちは、むしろ心配していないんです(私は)。医療、福祉、教育などの網目をすり抜けてしまう人たちも、緊急に医療が必要となった場合、適切に活用できるようにしたいと思案しています(あくまでも誰にも頼まれていませんが)。

先日、お隣の奥さんのスマホ壊れた事件で呼び出され、インターネット回線の機器に問題があっただけだったのですぐに直ったのでよかったのですが。そんな一見、些末な出来事も頼ることのできる環境(コミュニティ)の構築がいざというときに大事です。

「選択的夫婦別姓制度」と何の関係があるのか?と思われると思うのですが、「遠くの親戚より近くの他人」という言葉に倣って言えば「遠くの血縁より近くの信頼」ということを言いたいのです。ただし、日本人のDNAに深く刷り込まれた「戸籍制度」、これはこれで私のルーツを知ることができます。ご先祖さまに手を合わせる習わし。仲がいいとか悪いとかではなく、私がここにいる命をつないできたことは感謝なのです。

多様な家族の在り方が見受けられ、認められるようになりました。「手術しますか」「延命処置しますか」「こどもの臓器を移植しますか」「(精神科病院)緊急保護入院しますか」というこまごました問いに対して、本当に血縁または戸籍上の家族であるということだけが、有能な、あるいは中立な代弁者となるのかどうかの議論もしていきたいものです。ちなみに、精神科での医療保護入院は家族等に変わっています。医療保護入院における「家族等」の範囲は、配偶者、親権者、直系血族及び兄弟姉妹、家庭裁判所で選任された3親等以内の親族、 後見人など。ただし、精神科の現場では、孤独な方もいらっしゃいます。家族等がいない場合は、市町村長が同意が必要です。ますます「どーよ?」と思いますが、致し方なし。それで個人の尊厳を守ることはできるのであれば。

選択的夫婦別姓制度の導入に対して決して反対とか賛成とかにこだわっているわけではありません。看護師の立場から、患者さんの尊厳が十分に守れる仕組み(人、モノ、知識)が整って「GO!」であることを願っています。

マイナンバーや医療DXには大いに期待していますが、全能ではありません。人間も同じ。

その全能でない部分を人間が見つけ出して、仕事を生み出していく時代が来ているのだと思いました。