「あるかのように」感じて、指導がこじれる事例

指導がうまくいかないなと感じるとき、「あるかのように」にやられていませんか。

「あるかのように?」って何!?

例えば、新人看護師Aさんの行動について、Aさんがいないところで、ほかの看護師たちの会話が盛り上がっている場面です。

「新人のAさんがね、患者のBさんに『血圧測ってよ』って言われたらしいのよ。Aさんったら、なんて答えたと思う?『今日は血圧の測る日じゃありません』って言ったんだって。たしかに、Bさんも手術後〇日目だし、クリニカルパスには血圧測定は入ってないかもしれないけど、患者さんだって、血圧どれくらいかな~なんて気にすることもあるんだから、ついでに測るくらいやってあげればいいのにねぇ。まったく最近の新人ときたら、マニュアル通りなんだから…」。

話の内容は、「新人のAさんが、手術後〇日目の患者Bさんに血圧測定を依頼されたが、断ったらしい」ということです。

でも、それホント?うわさ?誰かがその一部始終を見ていたの?もしも、それを見ていたんだったら、その場で何を指導したの?そこ肝心じゃないですか?

そして、本当に患者さんが血圧がどれぐらいか知りたかったの?最近の新人は本当にマニュアル通りなの?ホント?憶測?

私たちは、真実かどうか確認していないことまで「あるかのように」感じて、会話してしまいます。そしてその会話をしている人たちは、対象となっている人(この場合Aさん、Bさん)の行動や話をまるで真実であるかのように聞いてしまうので、次からは、そんな人として見てしまいます。

これは、指導がこじれるてややこしくなります。

以下のような経過なら、指導の内容がわかりやすいと思いませんか?

「私(指導看護師)は、新人のAさんが手術後〇日目の患者Bさんに『血圧、測ってよ~』と依頼され、『今日は血圧は測らなくてもいいです』と言って断っている場面をたまたま見かけました。そばにいた私は、Bさんに『血圧が気になるんですか』と聞いたら、『いつも測ってるから、忘れてるんかな思ってな~』と言われました。それで、私は『手術が終わって経過も順調ですね。血圧測定は必要なさそうですよ。順調でよかったですね。でも、いつもと違う感じあればおっしゃってくださいね』と伝えました。Bさんは『そうか、じゃあよかったわ、測ってくれなくてもいいわ~』といって納得されてました。Aさんには、『Bさんの血圧測定の依頼にどんな背景があるか情報をとっておくと、ミスコミュニケーションを防ぐことができていいね』と指導しました。Aさんは『そうですね。Bさんは、私が新人だからと思って忙しい時に限って、不要なことまで要求してくるんじゃないかと思ってしまって、つい、きっぱりと断ってしまいました』と返答していました」という具合です。

Aさんは、Bさんが血圧測定を依頼した本当の理由がわかってよかったですね。知らずにいると、Aさんは、Bさんのことを新人看護師にあれこれ要求してくる患者像として見てしまう可能性がありました。ミスコミュニケーションの始まりですね。

森鴎外の短編小説に「かのように」があります。私たちは、今までの慣習や経験、価値観などによって、まるで「あるかのように」に取り込んでしまって、物事を複雑にしたり、こじれさせてしまったりしています。

指導は、新人看護師さんのなかでおきていることを、シンプルにしてから行えば効果が上がると思います。