新カリキュラムの構築は、小手先で何とかできない!

新カリキュラムは、「次世代の看護の対象者のためにある」と思います。

その理由は、先日、病院の教育委員会に参加した時に感じたのでお伝えします。その病院で他部署合同の事例検討会の計画を立案し、対象となる事例を選考しました。(個人が特定されないように配慮し、文脈が伝わるように内容を変更して紹介します。)

Aさん50歳、男性。20歳の時にスポーツ中の事故により頸髄損傷、完全麻痺。その後、Aさんは母親の介護を受け自宅で療養していた。先月、Aさんは誤嚥性肺炎のため入院となり、その期間に母親(80歳)が自宅で転倒し前腕を骨折。ギプス固定をして経過中、認知症の症状が悪化。Aさんは自宅に帰りたいと言っているが、母親のほかに親戚や兄弟との付き合いがないため、自宅療養は困難な状態となった。

 

私はこの事例を選考したとき、Aさんが受傷した30年前の看護は、Aさんの30年後がこんな状況にあることを予測していただろうかと考えました。30年前の私はできていませんでした。超高齢社会が来ることは知っていました。核家族化が進んでいることも知っていました。でも、それとこれとが結びついていませんでした。

病気や障害があっても長く生きることができます。看護は、その人やその家族の生活や人生の質を高めていくことにかかわる仕事です。何ができていたのでしょうか。そして、何ができるのでしょうか。

今から30年後、どんな社会になっているかわかりません。しかし、今から構築するカリキュラムで学んだ学生に次世代を託すということだけは間違いありません。

地域、地域というけれど、本当に私たちにできることは何なのか、社会の中の人間の健康や幸福というものをどんなふうにとらえていけば、「看護基礎教育」のカリキュラムになるのかと考えさせられた事例だったのです。

今後も、医療、福祉、行政が手を差し伸べることがなかったような一人一人にきめ細やかに関心をもつことのできる看護でありたいと思いました。だから今回のカリキュラム改正は、次世代の看護の対象者が健康で幸福な暮らしができるかを考え着手したいです。

看護教育支援協会は、看護基礎教育と看護職教育を切り離すことなく、在り続けたいと思っています。

https://kango-support.or.jp/2488