新人看護師指導、外国人医療スタッフ指導、もしかして発達障害?コミュニケーションに困難さを感じるからこそ、生まれるものがある。

私の知人に国際結婚をしている人がいます。夫婦にずれが生じたとき、「あれ?言葉が通じなかったかな」と考えて、あれこれ考えて言い直しをしたり、気遣ったりするそうです。なるほどね~私の「わかってくれるだろ」というのは、甘えだったのか…。

新人看護師や学生の指導者さん、「あれ?何がわからんの?」=勉強不足

外国人医療スタッフの指導者さん、「あれ?なにしてんの?」=文化の違い

いつもいつも話がかみ合わない、なんかおかしい=もしかして発達障害?

すぐに胆略的に考えてしまうところがあります。でも、そんな気持ちが湧いてきたら、真っ先にそう思い込んでしまうのではなく、そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないので、あれこれ試行錯誤する期間を設けるという選択肢もあってもいいかも。しかも、この試行錯誤期間に生み出すものの価値は大きいような気がするのです。

「わかってくれる」は甘えだったとしたら、自分が「わかる人」になればいいのだ!!わかる人になるためには、聴かないと。そして、自分のことを話さないと。双方向に話し合わないと。かみ合わなければ、図でも絵でも何でも使えばいいし、ヘルプしてもいいのです。原因を一つにしてしまうのは、問題解決の方法を少なくしている気がします。いろんな可能性を考えて、自分にとっても、相手にとってもいい「案」を生み出せていけるといいなと思います。

単に、指導、指示、会話、教える、伝える、報告、連絡、相談だけじゃない双方向のコミュニケーションは、困難感に直面した時にこそ、生まれるのだと思います。何度でもやり直しのできることだから、「もう一回、やってみよう」に挑戦しよう、とただただ、自分に言い聞かせている私なのです(^^)/