はきたいズボンとはきやすいズボン

先日、主人と近所のワークマンに行った。「ワークマン女子」と言うのを聞いて、行ってみたくなった。ワークマン(WORKMAN)という名前の通り、仕事着、作業服、動きやすい服や靴といった商品が並んでいる。さっそく私もTシャツや靴などをかごに入れてレジで会計をした。主人が自分のTシャツをこっそりかごに入れていたが550円のTシャツだったので大目に見た。

私が、ワークマンに行ってみたくなったのは、「動きやすい服や靴」は働く人にとても大切だが、障害のある人や高齢者にもとても大切なアイテムだからである。軽い素材、体温調節をしてくれる素材、軽い靴、履きやすい靴、洗濯しても乾きやすい・・・・チェックポイントはいくらでもある。

さらに個性に合わせるとすれば、右側にマヒがあるので右側の袖口がもっと広くて短かったらいいのに、とか、背中が丸くなっているので前身ごろが長すぎて、車椅子に移るときにブレーキに引っかかって危ない、とか。個別の視点に立つと、いろんなことが言える。病気や障害があっても社会で活躍できるためにも、動きやすさ、個別的な病気や障害に配慮した衣類を考えるのは、看護師の視点だと思う。

S、M、L、LL以外で、右側だけLとか、前身ごろだけSとか、できないものか?また、一人で脱ぎ着しやすい形状や素材はないものか?と思案していた。そんな時、ふっと思い出した患者さんがいた。

ビルの解体の現場で働いていて、転落した患者さんだった。確か、30歳ぐらいだったと思う。首の骨を損傷して、脊髄損傷となった。脊髄損傷による麻痺は、「完全麻痺」と「不全麻痺」に分かれる。完全麻痺は、運動機能、感覚機能が完全に失われる。不全麻痺は運動機能や感覚が完全には失われないが、運動障害や感覚障害はある。肛門周囲の感覚があり、肛門括約筋を自分で締めることができる状態である。

その患者さんは不全麻痺であった。上下肢に運動機能障害や感覚機能障害が残っている。いよいよ自分で、ズボンをはく練習が始まった。思うように体が動かず「あああああ、もう!!」と叫んだ。私が、ズボンをはかせるのを手伝うのは簡単なことだ。しかし、練習しないといけないことは、本人が一番わかっている。トランクス一枚、ズボンを持ったまま、ベッドの上で格闘し男泣きをしている。額には大粒の汗をかいている。私はドギマギしながら見届け、もらい泣きしそうになった。とうとう彼は、私に向かってズボン投げ「今日はもう履かせてくれ」と弱弱しく吐露した。投げたズボンに威力はなく私にあたるほど飛ばなかった。

理学療法士さんや作業療法士さんとの共同計画でベッド上でズボンのはき方を習っていた。いったん冷静になれば、できるはず。そんなことを言っても、今の彼の耳には届かない様子だと思った。

投げ捨てたズボンを拾い上げながら、「もう少し、柔らかい素材だったらいいんですかね~」と私が言った言葉に、「俺は、このズボンがはきたいねん」と言い返された。「リハビリのズボンで仕事に行けるかよ!」と言っていた。返す言葉もなかった。そして彼は、仕事復帰を目指していることを知った。当たり前だった。解体現場の仕事はできなくても、その会社の他の部署の仕事をしたいと考えていたのだ。だから、あえて、この素材のズボンをはこうとしていたのだ。

ワークマンのお店の所狭しと並んだ商品を見上げながら、懐かしい患者さんとのやりとりを思い出していた。

あれから20年。彼は、コロナ禍、リモートワークという新しい仕事をしているのだろうか。それとも、彼が言うこのズボンでないと仕事に行けないというところで働き続けているのだろうか。20年という月日は、長かったのだろうか。短かったのだろうか。

「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。