予期せぬこと

70歳後半の患者さん(Aさん)が、入院してきたとき、私は、病院の中のあれこれを説明し、家族のことや連絡先を聴いた。

「母は必ず家にいるから、家に電話してくれたら、絶対出てくれるけどね。」と言われた。

「Aさんのお母さんですか?」

「はい、母は98歳です。私より元気なの。」

「それは、何よりですね。」

「いいのかしらね~。98歳にして娘が先に逝くのは試練すぎるわ。」

「お母さんのことが心配なんですね。」

小さく項垂れた。

 

夫を早くに亡くし、子どもたちは巣立ち、孫にも恵まれ、母が健康で長生きしてくれて、母一人と娘一人の老々暮らし。まったりと食卓を囲み、テレビをみたり、談笑したりする様子が目に浮かんだ。仲のいい親子であることには違いなかった。

ただ、Aさんがお嫁に行くとき、育児をしているとき、孫ができるとき、いつもいつもお母さんのことばかり考えていなかった。むしろ、離れていた。しかし、今回は母を残して永遠に離れてしまうかもしれない・・・・そんな様子なのだろうか。

「お母さんには、病気のことを伝えているのですか?」と尋ねると

「まさか!」と即答。「母には、何も知らせたくない。心配かけたくない。だから、看護師さん、母が見舞いに来ても病気のことは言わないであげてね」と念を押された。

 

神業と言うのだろうか。

Aさんの入院治療が始まって間もなく、お母さんはご自宅で、突としてその生涯を終えた。Aさんは葬儀のみ出席をして、そのまま病院に戻ってきた。あとは子どもたちに任せたらしい。

 

早々に病衣に着替え、ベッドに静かにあお向けになり、「お母さん、きれいな顔してた」と言ってほほ笑んだ。

「お母さん、何もかも知っていたのね、きっと。私に心配かけたくないと思ったんじゃないかな。あっけなかったけど、いつまでも、待ってくれている気がする。」

「心強いですね。」と言うと「嬉しい」といって、口を押さえながらわんわん泣き出した。

「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。