価値の交換

看護師の仕事を感謝される仕事だという人がいる。

私もたくさんの「ありがとう」をもらっていると思う。しかし、「いえいえ」とか言って「ありがとう」を受け取っていなかった気がする。

ただ、「ありがとう」をもらうのには、気構えがいる。

 

私は、患者さんから「ありがとう」と言ってくれることに見合うだけの価値のある看護を意識しているかどうかだ。今、ここで。

 

夜間、嘔吐した患者さんの枕カバーやシーツを取り換えて、患者さんから「ありがとう」と言ってもらっても、私は「なぜ、嘔吐したのか」に意識向いていることがある。

「ありがとう」は、通り過ぎる。

嘔吐しつつも、「ありがとう」を伝える患者さんの人間そのものを見ていない。まずは、その「ありがとう」をあらん限りの器をもって受け取らなければ、価値の交換をすることはできない。

「ありがとう」が欲しいわけじゃないと言う人もいる。しかし、対象者にとって「感謝したい」に相当する「看護」かどうかを問い直すことは重要である。「ありがとう」を自信をもって「受け取る」看護師でありたいと思う。

「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。