思いを言葉で表現できない日に
今日のご機嫌はいかがだろうか?
とても気分が安定しない患者さん(Aさん)。手術を終えて一層安定しない。
Aさんの検温に行くだけで、びくびくする。
「失礼します・・・・」
あ。Aさんの佇まいが既に不機嫌だ。
「血圧、測ります」
「いやだ、今そんな気分じゃない」
『血圧測る気分じゃない、、、、、というとき、血圧上がってると思いますので測ります。横になってください。』
とか、言いきっちゃうといいのかもしれないが、案外、そこまで言えるほど自信がない。
けど、言う。
「何かありましたか?お話を聴きながら、血圧測ります。」とか言いながら、『話なんか聞く気もないけど』という私の思いがにじみ出しているに違いない。
「ちっ!勝手にして!話することなんかないわ!」
「お話しすることはないんですね。わかりました」と言うと
「あるけどな、あなたに言う気分じゃない」、『こっちも聞く気はありません』という思いを押し殺しながら
「はい、血圧は、148/86です」
「高いな、」
「高いですね」と落ち着き払って言いながら、『イライラしてるからよ』と思い、「失礼しました」と退室した。
今日の私は、Aさんを「不機嫌な日」と決めつけた。だから何を言われても、ファイティングポーズになっている自分がいた。
もしも、今日のAさんを「思いを言葉で表現できない日」としたら、私の行動は変化していた。さらに私は、Aさんには「自分自身の思いを言葉で表現できない日」があるとわかっていた。にもかかわらず、Aさんの言葉にあえて反応していた。
一旦廊下に出て、踵を返して、もう一度Aさんのところにいった。「お話、聴きます」はストレートすぎる。「私のボールペンを落としていませんか?」は白々しい。なにを言って、もう一度やり直すチャンスを作ろうか悩みながら・・・・
「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。