沈黙の散歩

患者さんが、散歩に行きたいといったので一緒に屋上に行った。

足を投げ出して、二人でベンチに座った。

彼の両足は義足だ。幻肢痛に苦しんでいる。

 

ベンチに座ったまま、長いこと沈黙だった。

散歩に行きたいというから一緒に来たが、「わー気持ちいい!」とか言わない。そんな気分じゃないから来ている。

 

「どうする?これから?」と訊いたところで「なるようにしかならない」と言うだろう。

「頑張ってここまできたじゃないですか!」と叱咤激励すると、「お前に何がわかる」と言うだろう。

言葉にできず、モヤモヤしていた。

 

「そろそろ戻るわ」と言われたので、私はベンチから立ち上がった。ああああ!!立ち上がるの早すぎ!!私!

もちろん彼は、ゆっくり立ち上がる。

手を伸ばして引き上げてあげたい衝動を抑えて、「ちっ」と舌打ちしながら痛そうに立ち上がるのを待つ。

「痛いですね」と言いたいけど、「ん、」を引き出すだけだから、黙って見守る。

今はまだ、自尊心が下がっているかもしれないけど、きっとその両足も、幻肢痛も、義足も、義足になった背景も愛せるようになる日が来る。彼にしか成しえない人生が待っている。

私は、信じている。

帰りのエレベーターの中、私は「また、行きましょね」と言うと、彼は「さあ、どうかな」と言って首をかしげて笑っていた。

 

「看護」とは何かについて考えていくことを意図として、「看護師日記」を書くことにしました。私の看護師、看護教育の経験に基づいて表現していますが、人物が特定されないように、また文脈を損なわないように修正しています。