看護基礎教育のカリキュラム改正を先取り!その4

←OECDにおける「キー・コンピテンシー」について、 文科省ホームページを参考にして作成してみました。

OECDはプログラム「コンピテンシーの定義と選択」(DeSeCo)を1997年末にスタート。(2003年に最終報告。PISA調査の概念枠組みの基本となっている。)コンピテンシーの概念「コンピテンシー(能力)」とは、単なる知識や技能だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力。引用:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/attach/1399302.htm

看護基礎教育における看護実践力の向上は、「人々の健康な暮らしを支援する」という看護の目的を達成するための手段です。WHO憲章では、その前文の中で「健康」について、次のように定義しています。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 健康とは、身体的、精神的、社会的に、すべてが満たされた状態であり、 単に病気でない、弱っていないということではないのです。

私の恩師は、三角形の箱の中に小豆いれて、その箱の3つ角に身体的、精神的、社会的と書いてあって、どこかの角を傾けて小豆が流れていく様子を見せてくれました。すべてが満たされる状態(小豆がどこかの角に偏ることがない状態)を再現してくれたのです。すべてが満たされるという絶妙な状態は、一朝一夕のものではなくさまざまな文脈が絡んでいます。この健康な暮らしを支える看護の目的さえ見失わなければ、目的達成のための方法はいくらでもありそうです。

常に目的を見失わず、同時に今を見据えていたら、たった今の教育もカリキュラム改正はされていなくても、今ある枠の中で最大限の工夫できます。

私にできることは、「今あること」をすべて疑ってみようと思います。例えば、授業、演習、実習。

授業は、同じ学年で受ける必要があるか?専門分野を先に学んで、あとから基礎分野を学ぶ?例えば、入学早々4月に採血、終わってからの解剖生理、からの文学。抽象度をあげていくことで、自ら意味付けができる仕組み、とか。

演習は、演習室でないとできないのか?製薬会社や寝具の会社の研究室などに出向いたほうが、ビッグデータのもとに研究が進んでいるのだから有益に感じます。看護が追随するのではなく対等でありたいです。未来を担う若者に、そのチャンスを。

実習は、何日間を継続して実施するのが有効なのか?学生が、インターンシップを申し込んでくるように実習を自らデザインすることはできないものか?

あれこれ考えています。あれこれ考えている方、一緒に新カリキュラムを考えていきませんか?

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